館内の検索はコチラ

|文字を大きくするには|

しぜん ぶんや
しょくぶつ
どうぶつ
かんきょう

みんぞく ぶんや
くらし
れきし
ちり

ねんぴょう

展示物トップ : 歴史 : 史跡 :  八部隊(はちぶたい)

[<     142  143  144  145  146  147  148     >]

八部隊(はちぶたい)
八部隊(はちぶたい)高ヒット
前回更新2008-1-4 13:55    
兵員の死者だけでも230万人を数えた太平洋戦争は、悲惨極まりないものでした。伊保庄大影の西部第八部隊で猛訓練を受け出征していった若者たちの中にも、再び生きて故郷の土を踏むことのできない人が少なくありませんでした。西部第八部隊は、柳井湾の周辺海上で上陸作戦の訓練を行いました。そして、南はマレー半島、ビルマ、南洋郡島、北は樺太、全員玉砕のアッツ島へと出陣しましたが、いずれも激戦地となったので、戦死者も多かったのです。

暁映ゆる瀬戸の海  昇る朝日の島影に  しのぶ神武のみいくさや
五条のみこと畏みて  強兵われら海の子は  水づくかばぬと身をささぐ
ああ忠烈の船舶隊

 この歌は、隊員が訓練で柳井や阿月へ行軍する時よく歌ったもので、年配の人の中には、今も耳に残っている人が多いです。
 沖合には離岸堤が残っており、当時の名残をとどめています。また、烏島には港湾建設のために石を切り出した鑿の跡があちこちに残っています。
 昭和55年、地元有志の発起による鎮魂碑が、柳井港を臨む独立法人柳井医療センターの南側丘に建立されています。

[<     142  143  144  145  146  147  148     >]



Copyright © Yanai Community Museum, Yamaguchi. All rights reserved.