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阿月神明祭(あつきしんめいまつり)
阿月神明祭(あつきしんめいまつり)高ヒット
前回更新2009-3-16 9:10    
阿月神明祭〜平成21年3月 国指定重要無形民俗文化財へ〜

時期 毎年小正月(旧暦正月14・15日)の行事
   現在は2月11日(建国記念の日)に実施
由来 
 左義長という宮中の行事が民間に伝えられた俗称「とんど」と神明信仰の習合した神明祭に、小早川氏の軍神祭が習合した祭事といわれている。浦氏10代就昌(なりまさ)が正保元年(1644)阿月の領主として移封とともにされ伝えられた。
 阿月の東西両地区の砂浜2ヶ所に天照皇大神宮と豊受大神宮を祀る。ご神体は松・竹・椎(しい)・裏白(うらじろ)・梅・橙(だいだい)・皇大神宮の大麻と扇で作り、阿月ではこのご神体を「シンメイ」或いは「シンメイサー」と呼ぶ。
  ご神体図








内容 
 巻立て (神明造りの作業)
黒松4本と心棒で脚をつくり神笹の竹3本と松とを一緒にして3ヶ所をしめつける。ついで、椎の枝で餅柴(もちしば)を作り、中心に大麻(たいま・神社のおふだ)200枚を供え、下に橙の皮、上に梅の枝をつけ、神帯に五色(赤・青・黄・緑・白)の紙をつける。なお、ご神体を立てた後に「まえだれ」といって藁や椎の葉で脚の松などをかくし、高さ約20メートルのご神体が東西に各1基[戦前までは東西各2基、大神明(おおしんめい)・小神明(こしんめい)を立てていたが昭和16年以降東西とも大神明1基となる。]が巻立てられる。

 起こし立て (東西2体の神明を起こし立てる)
早朝身を清めて、白の鉢巻、白の肌着、白足袋(たび)の浄装で、「長持じょうげ」を担ぎ、通りを特異な足どりで練り歩き、「じょうげ」が宮の前に揃うと、ホラ貝を合図に勇壮な「起こし立て」がはじまる。祭事のクライマックスシーンである。起こし立てが終わると、過去1年間に結婚した男子を海に投げ込んで祝う。

  起こし立て







 長持じょうげ 
花笠を飾った長持に棒を結んで3人で担ぎ、短冊をつけた笹竹を持つ先頭の後、長持ち詞を唄い囃子しながら練る行事。
 昼と夜、ご神体の下で音頭・太鼓に合わせて踊る。男は槍や刀を執って武者踊りをし、女は菅笠を持って舞う。阿月神明祭に神明踊りがあることは特色の一つで、軍神祭の遺風と考える人もある。

  長持ちじょうげ






 はやす(神明を燃やす)
神明の前の霊代の鏡が撤去され、昇神の式が済むと、総代によって神明に火がつけられると、たちまち火柱があがり、火の粉が夜空を舞う。人々は囃し言葉たてながら神明を海に倒す。見物の人々は、まだ燃えさかる神明の飾りや御幣などを奪い合い御利益を願う。最後に若者達によって「シャンノ、シャンノ、シャン」と3度締打がおこなわれ神事が終わる。

  はやす








参考  
左義長 
小正月に行われる火祭りを主とする行事で、三毬杖・三鞠打などとも書かれている。民間では「とんど」「どんどんやき」などの呼び名がある。宮中では正月15日或いは18日に清涼殿の東庭で行われ、青竹を3本束ねて立て、上に扇や短冊を結び付け陰陽師(おんみょうじ)などがこれを囃しながら焼いた。
民間では、家々から正月の飾りを集めて、神社や河原あるいは広場で焼くのが一般的であり、その火で餅を焼いて食べると病気をしないなどと言われている。


参考・引用 
「阿月の神明祭」〜柳井市阿月の祭り〜 阿月神明祭顕彰会・柳井市教育委員会昭和33年3月5日印刷発行
「阿月神明祭」〜山口県指定無形民俗文化財〜柳井市教育委員会・阿月神明祭顕彰会平成6年2月11日作成発行

文・写真責、学校支援ボランティア 金子佳孝













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