HISTORY

柳井市日積出身 本名内海シマ 明治38年5月12日生まれ。 大正12年山口県立柳井高等女学校(現山口県立柳井高等学校)卒業後、同県の小学校教員になり、昭和6年、文部省中等教員検定試験(音楽科)に合格。同年、さらに音楽勉強のため上京。 作曲家佐々木すぐる氏と出会い、氏の勧めにより流行歌手になることを決心。 翌年昭和7年4月、日本コロムビアから曲名『ラッキーセブンの唄』・芸名「柳井はるみ」で歌手デビュー。 以後、多数の芸名(約20)で各レコード会社で吹き込み、歌手生活に入った。 芸名「松島詩子」は、デビューして間もない頃、作曲家・山田耕筰氏に命名されたもので、昭和10年、キングレコード専属歌手となって以来、生涯の名となった。 流行歌手になってからも、クラッシックの声楽を、原信子、浅野千鶴子、ノタル・ジャコムの各氏に師事し、オペレッタ公演も多数行なった。 また、シャンソン、カンツォーネ、その他ポピュラーソングも愛唱し、舞台で多く披露した。

MUSIC

マロニエの木蔭
…昭和12年 坂口淳・作詞/細川潤一・作曲/江口浩司・編曲

スペインの恋唄
…昭和29年 矢野亮・作詞/吉田矢健治・作曲/小町昭・編曲

喫茶店の片隅で
…昭和30年 矢野亮・作詞/中野忠晴・作曲/丸山雅仁・編曲

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MUSIUM 松島詩子記念館

詩子が愛用していたピアノ、ソファー、蓄音機、レコードキャビネット、NHK紅白歌合戦出場のトロフィー、レコードとステージ衣装、ブロマイド写真をはじめとする少女時代からデビュー・結婚・ステージ風景などの晩年に至る写真や、昭和10年代のリサイタルやコンサートを告知するポスターやレコード宣伝ポスターなど、ご遺族が長年愛用・所蔵していた遺品約1千点を柳井市へ寄贈されたことを機に開館いたしました。